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東京高等裁判所 昭和25年(う)1521号 判決

控訴人 浦和地方検察庁検事 鈴木近治

被告人 金チユナこと李順富

弁護人 山田嘉八

検察官 田辺緑朗関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金七千円に処する。

右罰金を完納することができないときは二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収に係る葉煙草二貫三百匁(浦和地方裁判所昭和二十五年押第三一号)はこれを没収する。

当審における訴訟費用(国選弁護人に支給した分)は全部被告人の負担とする。

理由

原審浦和地方検察庁検察官検事鈴木近治の控訴趣意は同人名義の控訴趣意書の通りであり、これに対する弁護人山田嘉八の答弁は同人名義の答弁書の通りであるから、これを引用する。これに対し当裁判所は左の通り判断する。

原判決によれば、原審が被告人の昭和二十五年一月三十一日埼玉県南埼玉郡春日部町東武線春日部駅構内における葉煙草二貫三百匁の不法所持の事実を認定し、被告人を罰金五千円に処し罰金不完納の場合は千円を一日に換算した期間労役場に留置し押収に係る葉煙草二貫三百匁を没収する旨の言渡をしたことが明かであり、右犯罪時には昭和二十四年五月二十八日法律第百十一号によつて改正された煙草専売法が施行されていて(同年六月一日から施行)その罰則による法定刑は三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金であつたこと、右改正法による罰則の強化は専売収入の確保を期するにあつたこと(所論は旧法第五十六条は僅かに「十円以上五百円以下の罰金」であるから、罰金刑は六百倍に引上げられ、罰金等臨時措置法による五十倍の引上に比較して遙かにその程度が高いと主張するが、旧法第五十六条の罰則は、昭和二十三年四月五日法律第十九号を以て改正せられ、葉煙草の不法所持罪は改正に係る第五十七条第二項によつて「五万円以下の罰金」に処する旨が規定され、更に同年六月二十八日法律第六十三号を以てその罰則が「三年以下の懲役又は五万円以下の罰金」と改正せられ、更に前記のように改正煙草専売法によつてその罰金額が三十万円以下に引上げられた経過であるから、この点の所論は正確ではない)はいずれも所論の通りである。これを記録によつて認められる被告人の本件犯行の動機態様その他の諸般の情状と対照検討すると(本件不法所持に係る葉煙草の数量は所論のように多量とは認め難い、又不法所持に係る葉煙草については没収の言渡がある)原審の刑の量定は多少軽きに失し被告人に対しては罰金七千円に処するを以て相当と認められる。次にその罰金不完納の場合の換刑処分については、刑そのものではないが、刑の執行猶予の言渡と共に刑の量定に準じて考えるべきものであり、その不当は刑の量定不当の問題となるものと解すべきである。而して前記のように原審が五千円の罰金に対して千円を一日に換算し、その換刑処分による労役場留置期間が僅か五日に過ぎないこととなるのは、換算率が高きに失し、その期間が余りにも短期間に失する結果となるから、本件事案としては不当であつて、所論は理由がある。よつて、当裁判所が相当と認めた前記罰金七千円の換刑処分としては、二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置するを以て本件について相当であると考えられる(刑事訴訟法第四百九十五条第二項罰金等臨時措置法第七条第四項によつて未決勾留の通算の折算額が一日二百円とされていることが参照される)。

以上説明の通り検察官の所論は理由があるので、原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴第法第三百九十七条によつて原判決を破棄するが当裁判所は訴訟記録及び原審で取調べた証拠によつて、直ちに判決することができると認めるので、本件について、更に判決することとする。

当裁判所の認定した犯罪事実、その証拠並に法令の適用はすべて、原判決の通りである(量刑を前記説明の通り変更しただけである。)

(裁判長判事 谷中董 判事 中村匡三 判事 真野英一)

検察官の控訴趣意

原判決は刑の量定が軽きに失し不当である。

原判決は添付判決謄本の如く罪となるべき事実として起訴状記載の公訴事実即ち被告人は正当の事由がないのに拘らず昭和二十五年一月三十一日午後一時十二分頃南埼玉郡春日部町東武線春日部駅構内に於て葉たばこ二貫三百匁を所持していたものであると判示し、これに対し被告人を罰金五千円に処する、右罰金を完納することができないときは金一千円を壱日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。押収に係る葉煙草二貫三百匁(昭和二十五年押第三一号)はこれを没収すると判決した。

従つて被告人が所持していた葉たばこは正味二貫三百匁であることは押収に係る証拠物の存在により明かである。かかる多量の葉たばこの所持違反に対し検事求刑の罰金一万円の半額である罰金五千円の原判決は昭和二十四年五月二十八日法律第百十一号により改正せられ同年六月一日から施行せられた「たばこ専売法」(以下之を新法と略称し改正前の煙草専売法を旧法と略称する)の企図した専売収入の確保を計る精神よりするも其の刑の量定が軽きに失し不当である。何となれば本件の如き葉たばこの所持違反につき旧法第五十六条は僅かに「十円以上五百円以下の罰金」であるのに新法はその第七十一条で「三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金」と改正せられ、その体刑を除外し、罰金刑の多額のみを比較するも、実に六百倍罰則が強化せられているこれを昭和二十三年十二月十八日法律第二百五十一号罰金等臨時措置法第三条(刑法の罪等の罰金の多額)による罰金の多額の五十倍に比するもなお十二倍罰則が強化せられている。この罰則の強化は一に専売収入(昭和二十四会計年度に於ては予算額千二百億にして所得税三千百億に次ぐ税源)の確保を計らんがためであり、原判決はこの新法の精神を何等考慮していない。

一方本件の換刑処分(その本質が刑であるか否か議論があるが刑に準じて考察してよいと思う。)は金壱千円を一日に換算している。従つて罰金五千円の換刑処分による労役場の留置は僅か五日に過ぎない。斯る換刑処分は罰金刑としての目的を達し得ないものでこの点を考覈するも原判決は軽きに失し不当である。

これを要するに原判決は被告人の所持していた葉たばこの数量新法の罰則強化の精神を考慮せざるものでありその刑の量定軽きに失し不当であるから、原判決を破棄し原審求刑通りの罰金一万円に処する旨の判決をせられ度く控訴した次第である。

(弁護人の答弁書は省略する。)

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